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【まとめ】「的を得る」と「的を射る」の誕生と成長の歴史

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月に『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.24)

「正鵠を~」「的を~」の派生の経緯については、誤用説との絡みを含めて別の記事にまとめましたのでそちらをご参照ください。

補足:「的を得る」誤用説 と「的を得る」の元は「正鵠を得る」説 の比較検討

現在では、たいへん精確な調査をされた方によって「正鵠を得る/射る」「的を射る/得る」の登場時期は、私のこの記事よりも遥かに遡ることがわかっています。

「正鵠を得る/射る」(より古い形は「正鵠を得る」です。実際の使用例も古くから「得る」が圧倒しています。)

http://kumiyama-memo.hatenablog.com/entry/2013/11/16/223832

「的を射る」(初出は1906年の辞書で、そこには「的を射るは、いわゆる正鵠を「得る」の意味だ」と書かれています)

http://kumiyama-memo.hatenablog.com/entry/2013/11/09/223835

「的を得る」(「的を射る」よりも150年以上古い用例を報告されています)

http://kumiyama-memo.hatenablog.com/entry/2013/10/14/223832

※ 2013年12月の『三省堂国語辞典』による誤用説撤回で、実質的に私のブログは役割を終えたと考えていましたが、最近この記事のアクセスが増えていることに気づき以上追記致しました。(2016.2.20)

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「的を得る」を巡る問題を調べながら、複数の記事をエントリーしたために、全体像が分かりにくくなってしまいました。そこで長年培った狭く浅い知見と、(昨日、永田町の図書館で調査したばかりの)最新の情報を駆使し、「的を得る」と「的を射る」の誕生から今日までの経緯について、以下、調査結果と仮説をまとめてみます。

(すべての始まりは「正鵠を得る」)100年以上前から戦後まで

「物事の核心をつく」という意味の近代日本語の慣用表現は、「正鵠を得る」に始まります。「青空文庫」で確認できる「正鵠を得る」の使用例は20を数え、「正鵠を得る」が明治期から昭和の敗戦直後まで広く使用されていたことがわかります。また「正鵠を失う」「正鵠にあたる」など、いくつかのバリエーションも存在します。しかし、1946年に「国語改革」で「当用漢字」「現代仮名遣い」が制定されて以降、「正鵠を得る」は急速にその出番を失っていきます。

(「正鵠を得る」から「正鵠を射る」は生まれた)1930年代

「正鵠を射る」は、昭和初期1930年代になって「正鵠を得る」のバリエーションのひとつとして使用されるようになりました。「青空文庫」で「正鵠を射る」は2例しか確認できず、「正鵠」の眷属としては最後期に登場した比較的マイナーな表現だったと思われます。「正鵠を得る」同様、「国語改革」以降、その姿はほぼ見られなくなります。

(そして「正鵠を射る」から「的を射る」が生まれる!)1946年以降

「国語改革」によって時代になじまなくなった「正鵠を射る」は、その後「的を射る」と姿を変えて使用されるようになります。坂口安吾は国語改革以前の歴史的仮名遣いで書かれた作品に「正鵠を射る」、国語改革以降の現代仮名遣いで書かれた作品に「的を射る」を使用しており、これは「的を射る」が「正鵠を射る」から変化した証拠のひとつと考えられます。「青空文庫」では戦後早い時期から「的を射る」の用例を4つ確認することができます。(参照:「坂口安吾に見られる「的を」と「正鵠を」の互換性」)

(「正鵠を得る」からは「的を得る」が生まれた!?)1946年以降

「正鵠を射る」が「的を射る」に変化したように、「正鵠を得る」から「的を得る」が生じたと思われますが、私は今のところ1946年直後の用例を見つけていません。高橋和巳が1970年に小説で使用した例は置き換えが発生した証拠としては新しすぎます。30年前には普通に使用されていた「電算」「主記憶」という用語は、今は「コンピュータ」「メモリ」に置き換えられていますが、これを障害なく置き換えるにはITの常識が必要です。同じように「正鵠」を「的」に置き換えるには漢籍の素養が必要で、置き換えの発生を証明するには、証拠として漢籍の素養が文化人に共有されていた時期の用例が必要です。その意味でこの説は、状況証拠のみで成り立っており、現時点では証拠不十分です。

(「的を射る」が辞書に採録される)1991年※「辞海」初版(1954年)への採録を確認しました。(2011.7.23追記)

これ以降、「的を射る」は辞書に採録され「的を得る」は載っていないという情況になります。これが「的を射る」は正しく「的を得る」は誤用であるとされる最大の原因ですが、「的を射る」の誕生した経緯を見ても「的を得る」が「的を射る」の誤用だというのは著しく妥当性を欠いていると言わざるを得ません。(参照:「「的を射る」は、何時から「広辞苑」に載ったか?」)

(「的を得る」は誤用という説が喧伝される)2000年頃以降

何回目かの日本語ブームで、「的を得る」は「的を射る」の誤用であるという説が脚光を浴び、世間に広く喧伝されました。実際には「的を得る」がかなり広範囲に使用されていた実情もあり、この説に対する議論も起こります。誤用説は「的は得るものではなく射るもの」「的を得るは辞書に載っていない」などを根拠として主張されており、歴史的に全く妥当性がありませんが、「「的を射る」と「当を得る」との混用である」などもっともらしい説明が広く受け入れられ、一部の国語辞典や慣用句辞典には「「的を得る」は本来間違い」と記述される状況になっています。

(「的を得る」が辞書に採録される)2001年

皮肉にも誤用疑惑が世間に広まる中「的を得る」が「日本国語大辞典」に採録されます。ただ「日本国語大辞典」の「的を得る」の語釈は「的確に要点をとらえる。要点をしっかりと押さえる。当を得る。的を射る。」となっており、明確には記されていないものの「的を射る」「当を得る」の誤用だったものが普及した結果認知されるにいたったと解釈できなくもありません。

(「的を得る」支持率が大幅に低下する)2003年頃

平成15年に実施された文化庁のアンケートでは、10代20代の若い世代で「的を得る」支持率が大幅に低下している実態が浮き彫りになりました。この原因は、「的を得る」は誤用という説が世間に広く浸透したことだと思われます。(参照:「「的を得る」は、市民権を得るか?2」)

(「的を得る」の今後)2010年以降

日本国語大辞典に採録されたとはいえ「的を得る」の今後は決して明るくありません。誤用説は全国に広く浸透しており、商業用のメディアでも「的を得る」は校正の対象となっていますし、ATOKの使用者なら「的を得る」を使用しようとすると「誤用である」とサジェストを受ける状態です。誤用論に違和感を感じている人でも、使用することでいらぬ指摘や誤解を招くことを嫌って使用を避ける傾向があり、果たして「的を得る」が市民権を得ることができるかは予断を許さない状況です。

(上記の諸説の問題点)

以上、既得の知見と今回の調査に基づいた「的を得る」と「的を射る」の誕生から現在までの経緯です。私は内容にかなり自信がありますが、いくつか証拠不十分な点もあり完璧ではありません。主要な問題点を以下に記します。

 「的を得る」に1946年直後の用例が見つかっていない。

 (これが私の説の最大の弱点です。国語改革を契機に「正鵠を得る」から「的を得る」が生じたなら、1946年から、あまり時をおかずに使用例があるはずです。)

 「的を射る」に1946年以前の用例が見つかると大きく説が揺らぐ。

 (「的を得る」とは逆に、1946年より以前に「的を射る」の用例が見つかると、国語改革を契機に「的を射る」が発生したという説の妥当性が大きく揺らぎます)

 「的を射る」が1946年以前に辞書に載っていると説が崩れる。

 (同じ理由で、1946年以前に「的を射る」が辞書に採録されていると説が崩壊します)

私は「的を得る」という表現が誤用だという説に予てから違和感があり、今回自分の疑問を解決するために色々と調べてみました。その結果、「的を得る」が誤用だとする説に妥当性が無いことに確信が得られました。また正しいとされる「的を射る」が意外に新しい表現であることがわかり、更にその誕生の経緯が「的を得る」と全く同じではないかと思われる「証拠」にも行き当たりました。

概要はつかめたと思うもののまだまだ証拠は不十分なので、今後も「的を得る」については成り行きを見守りたいと思いますが、このまとめを以って、「的を得る」に関する調査をいったん終了したいと思います。もし私の説を補強する、または崩す証拠をお持ちでしたらコメントにお知らせくださると幸甚です。

 

(2011.7.23修正) 

その後の調査で「的を射る」が1954年の「辞海」初版に採録されていることを確認しました。(本文に追記) 

また、「的を得る誤用説」は「三省堂国語辞典」第3版(1982年)が初出と思われます。 

それ以外にも多くの知見が得られているので、いずれこの記事の誤りを修正したまとめを書くつもりですが、「的を得る誤用説」が誤りであるという点と、全体の流れについては大きな変更の必要は感じていません。 

 

(2011.1.23修正)

※「日本語 誤用・慣用小辞典」(国広哲弥著 講談社現代新書1991年)に、「三省堂国語辞典」の「的を射る」の項に「{あやまって}的を得る」と記載されている、とあるのを見つけました。

またネット上の情報で1972年「新明解国語辞典」に「的を射る」が採録されているという情報に接しました。これは後日確認します。

いずれにしても辞書への初出が「広辞苑 第4版」ではない可能性が高いため、暫定的に(「的を射る」が辞書に採録される)の1991年を消し、それぞれの段落の最初にあった、以下の二文を削除しました。

「「的を射る」の登場から40年以上が経過した1991年、「広辞苑 第4版」に「的を射る」が採録されます。」 (「的を射る」が辞書に採録される)

「「的を射る」に遅れること10年。」 (「的を得る」が辞書に採録される)

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【調査】「的を射る」は、何時から「広辞苑」に載ったか?

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月発売の『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.28)


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「日葡辞書」(1603-04)はポルトガル人の宣教師によって編纂された辞書で、400年前の日本の言葉と習俗を知ることができる第一級の文献です。32000語が収録され、原本はすべてポルトガル語ですが、邦訳されているのでポルトガル語が分からなくても内容を参照できます。

「邦訳日葡辞書」(1980)を引いてみると既に400年前に「的を射る」が辞書に採録されていることが分かります。

「日葡辞書」の「Mato」の項目は以下のようです。

Mato (的)射垜(ゐずち)に立てる標的

 Matouo iru (的を射る)的に向かって発射する.

 Matoni ateru (的に中る)的に命中する.

 Matouo ifazzusu (的を射外す)的を射損ずる.

私は、400年以上も前に既に辞書に載っていた「的を射る」は、日本語表現として古くからずっと高い認知をされ続け、ある時期に「物事の核心をつく」という意味を獲得し慣用表現として定着したのだろうと思っていました。

しかし調べてみると、日本で最初の近代的国語辞典といわれる「言海」(1889)、「広辞苑」の前身である「辞苑」(1935)、「広辞苑 初版」(1955)などは、どれも慣用表現を立項しておらず「的を射る」は載っていませんでした。「広辞苑第2版」(1969)は、慣用表現を立項するようになりますが、この「第2版」では「的が立つ」が採られただけで、「的を射る」は採録されていませんでした。続く「広辞苑第3版」(1983)でも「第2版」と状況は変わりません。

結局、意外にも「的を射る」が「広辞苑」に採録されたのは、「広辞苑第4版」(1991)になってからでした。「第4版」には「的を射る」の項の説明として「物事の肝心な点を確実にとらえる。「的を射た発言」」と載っています。これら「的を射る」の辞書への採録状況をまとめると、以下のようになります。

「日葡辞書」(1604) 「的を射る」採録 「的に向かって発射する」

「言海」(1889)  「的を射る」採録なし

「辞苑」(1935)  「的を射る」採録なし

「広辞苑 初版」(1955) 「的を射る」採録なし

「広辞苑 2版」(1969) 「的を射る」採録なし

「広辞苑 3版」(1983) 「的を射る」採録なし

「広辞苑 4版」(1991) 「的を射る」採録 「物事の肝心な点を確実にとらえる」

こうしてみると「日葡辞書」に採られてから「広辞苑第4版」で再登場するまで400年近いブランクがあることと、再登場したときには「意味」が変わっていることに注目せざるを得ません。

これを見る限り「的を射る」の登場時期も「的を得る」と同じで、「国語改革」を契機に「正鵠を射る」が変化する形で登場したようだという仮説は十分に成り立ちそうに思えます。つまり「的を射る」の起源は以下のようではないかということです。

×「的を射る(的に向かって発射する)」 → 「的を射る(物事の肝心な点を確実にとらえる)」

○「正鵠を射る(物事の肝心な点を確実にとらえる)」→「的を射る(物事の肝心な点を確実にとらえる)」

(参照:「辞書に載る「的を射る」を巡る謎坂口安吾に見られる「的を」と「正鵠を」の互換性」)

この場合、慣用表現としての「的を射る」の登場時期は1946年以降ということになります。もしそうだとしたら「正鵠を得る」を起源とする「的を得る」を「的を射る」の誤用だとする説の不合理は目を覆うばかりです。

(参照:「【まとめ】「的を得る」と「的を射る」の誕生と成長の歴史」)

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辞書に載る「的を射る」を巡る謎

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月発売の『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.28)


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私は「的を得る」が「的を射る」の誤用などではない、という一連の記事を書きましたが、その間「的を射る」は、「的を得る」が登場する前から、長く使用されてきたものと考えていました。

その根拠は「的を射る」が、6万語強しか収録語数のない国語辞典にも採録されているという事実でした。これは24万語の「広辞苑」にも採られず、50万語の「日本国語大辞典」になって初めて採録される「的を得る」とは、日本語としての認知の度合いが全く違うことを示している、と認識していました。

しかし「坂口安吾に見られる「的を」と「正鵠を」の互換性」の記事を書いていて、新しい疑問が湧きました。実は青空文庫で見つけた「的を射る」の用例は、坂口安吾の2例だけでなく、4例すべてが戦後になって書かれた作品のものだったのです。

私は「的を得る」が戦後の「国語改革」を契機に「正鵠を得る」が変化する形で登場したのではないかと考えていますが、今回調べた限り、「的を射る」の登場時期も「的を得る」と同じで、「国語改革」を契機に「正鵠を射る」が変化する形で登場したように思えます。

考え始めると更に謎は深まります。「正鵠を得る」が明治から「国語改革」直後まで20例の用例があり広く使用されているのに対し、「正鵠を射る」は1930年代になって坂口安吾と海野十三の2例があるだけです。それぞれが「的を得る」「的を射る」に変化したなら、「的を得る」の方がより普及し認知もより高くなってよさそうです。しかし多くの辞書に「的を射る」が採録されており、「的を得る」は「日本国語大辞典」以外に載っていません。

「国語改革」前後に活躍した多くの作家の作品は、まだ著作権が有効で青空文庫では用例を確認できません。そのためネットで、ちょっと検索して証拠を見つけるという方法では、この問題の答えを見つけるのは難しそうです。

これについては、後日、機会があれば調べてみたいと考えています。

(参照:「「的を射る」は、何時から「広辞苑」に載ったか?」)

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田山花袋先生、参りました

今日は、「的を得る」を巡る本筋とは離れた投稿です。

私は「「的を得る」は、市民権を得るか?2」で、青空文庫に「正鵠を得る」の用例が21ありましたと書きましたが、よく見たら20でした、という訂正です。

21個の中に、田山花袋の以下の用例が含まれていたのです。

「その喞筒(ポンプ)の水の方向は或は右に、或は左に、多くは正鵠を得なかつたにも拘(かゝは)らず、兎に角、多量の水がその方面に向つて灑(そゝ)がれたのと、幸ひ風があまり無かつたのとで、下なる低い家屋にも、前なる高い土蔵にもその火を移す事なしに、首尾よく鎮火したのである。」(田山花袋「重右衛門の最後」1902年)

田山先生、参りました。この「正鵠を得る」はどう見ても「物事の核心をつく」という意味ではありませんね。この用例は謹んで「別格」とさせていただき、私の先の記事は訂正しました。ということで「青空文庫」で確認できた「正鵠を得る」の用例は20個でした。

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坂口安吾に見られる「的を」と「正鵠を」の互換性

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月発売の『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.28)


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昨日アップした記事「「的を得る」は、市民権を得るか?2」の中で、私は「正鵠を得る」に代わって「的を得る」が台頭した契機は、1946年の「国語改革」だったのではないかと推論しました。残念ながら直接証拠になるものはないのですが、青空文庫を調べていた時に興味深い例を見つけました。

今回、私が青空文庫で見つけた「“的を射”」の用例4つの内2つは、坂口安吾のものでした。いずれも戦後、現代仮名遣いで書かれた作品です。

「こういう策のある言葉が実は的を射ていることがあるもので、」(「ジロリの女」1948

「その疑惑が的を射たものであった場合、」(「桂馬の幻想」1954年)

ジロリの女」には上記引用したのとは別の箇所にも「的を射る」が登場しており、坂口安吾が「的を射る」という表現を好んで使用していたことが分かります。

しかし安吾が、戦前、歴史的仮名遣いで書いた作品には「正鵠を射る」が用いられているのです。

「即ち彼等の認識は必ずしも根柢的に愚劣ではなく、時に正鵠を射てゐるものがあるのである。」(「総理大臣が貰つた手紙の話」1939年)

同一の作家に、「国語改革」を挟んで「正鵠を射る」と「的を射る」の変遷を示す用例があることは、「正鵠を」と「的を」の互換性を証拠立てると同時に、その表現の変化が起きた時期や原因を推定する重要な材料になると思います。

また、これは「正鵠を得る」から「的を得る」への変化が起こりえることの傍証でもあります。

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「的を得る」は、市民権を得るか? 2

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月発売の『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.28)


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「青空文庫」は、著作者の没後50年を経て著作権が消滅した約9000の作品を公開しているため、明治から昭和初期の日本語の用例を調べるのに便利です。

試しに「青空文庫」内を検索すると「“的を射”」は坂口安吾、横光利一などの4例を確認できましたが、「“的を得”」は一例もみられません。

一方「正鵠を得る」は、森鴎外、芥川龍之介、北村透谷、寺田寅彦、など名だたる作家によって20の使用例がありました。他に「正鵠を失う」「正鵠を外す」などの用例も数例ずつ見つかり、現在では使用されることがあまりなくなった「正鵠」の眷族が広く使用されていたことが分かります。

このように明治から昭和初期にかけて、「正鵠を得る」が重用され、「的を得る」登場以前から「的を射る」が使用されていたわけですが、その後は「正鵠を得る」は使用されなくなり、「的を得る」という表現が台頭します。

この間、最も大きな影響があったと思われるのは、1946年の「国語改革」です。戦後、読売新聞の社説に「漢字を廃止せよ」と載り、志賀直哉が「日本語をやめてフランス語を国語に」と言い出すような時代の雰囲気の中で、アメリカの占領政策のもと「当用漢字(後に常用漢字)」「現代仮名遣い」が制定されます。

この「改革」を経て、日本語の表現も大きく変わり、「正鵠を得る」のように格調は高いものの大仰な表現は出番を失っていくわけですが、時期的には、ほぼそれに代わるように「的を得る」が台頭してくるわけです。

さて、私が今更「的を得る」について記事を書こうと考えたのは、今回検索した中で見つけた「平成15年度「国語に関する世論調査」の結果について」という文化庁の報告に愕然としたからでした。

この報告の中で「物事の肝心な点を確実にとらえることを」表現した慣用句として「的を得る」「的を射る」が問われています。全体としては、「的を射る」38.8%、「的を得る」54.3%となっており、「的を得る」が優勢です。しかし、年齢別の調査結果のグラフはそれとはまったく違う現実を示していました。

60歳以上では、双方45%前後で拮抗していますが、50代から30代にかけては「的を得る」が概ね60%をキープして大きくリード、「的を射る」は30%台と低迷します。ところが20代になると「的を得る」が急落し「的を射る」が上がる傾向が顕著になり、10代では完全に逆転して「的を得る」35.8%「的を射る」45.3%となります。Yoron15_83

グラフを見ると「青空文庫」の検索結果を元に推測した「的を得る」の登場と台頭は、60代から30代までの「的を得る」支持率とよく合致しています。しかし、その後の世代では「的を得る」の支持率は急落しているのです。「的を得る」が「的を射る」の誤用だとされ、それが広く世間に喧伝されたのはこの10年くらいの出来事ですが、このグラフの急落はその影響だとしか思えません。

「的を得る」は「正鵠を得る」に代わり使用されるようになり、その語感の良さから急速に流布した表現です。特に話し言葉としての筋の良さは、即物的で生硬な印象のある「的を射る」と比較になりません。もともと「的を得る」を使用していた人が、それを間違いだと指摘された後で、代わりに「的を射る」を使用するのには単なる慣れ以上の抵抗があるはずです。

意味が同じで、形もよく似ているものの「的を射る」は「的を得る」の代わりを果たすことはできません。これは「的を得る」の起源など全く関心がない人でも、かなりの割合で感じていることだと思います。

戦後の「国語改革」によって日本語の表現は一つの断絶を経験し、私たちは「正鵠を得る」という先達が作った表現を共有することが難しくなりました。日本語の柔軟性はその不幸の過程で「的を得る」という新しい表現を産み、表現の自由度を確保したわけですが、「的を得る」は、先行して使用されていた全く別の起源をもつ「的を射る」と形が似ていたばかりに、「間違い」「誤用」などという濡れ衣を着せられ葬り去られようとしているのです。

かつて日本語は「正鵠を得る」「的を射る」の2つの慣用表現を持っていました。「的を射る」は生き残りますが、より広い範囲をカバーしていた「正鵠を得る」はこのままではその後裔共ども失われるかもしれません。

2000―2002年に刊行された「日本国語大辞典」には「的を得る」が採録されました。しかし「的を得る」を取り巻く状況は予断を許しません。果たしていつか「的を得る」が、その身にふさわしい評価と日本語としての市民権を得る日はくるのでしょうか。

 

 

(2010.4.19訂正)当初「青空文庫」内の「正鵠を得る」の用例は21としていましたが、適切でないものが含まれていたのに気づき20に訂正しました。

(2010.4.21訂正)当初「正鵠を得る」の使用者に夏目漱石を挙げましたが、漱石の用例は「正鵠にあたる」でした。使用者から夏目漱石を削除しました。

(2010.4.27追記)文中「かつて日本語は「正鵠を得る」「的を射る」の2つの慣用表現を持っていました」としましたが、後の調査でもともとは「正鵠を得る」一つであったと考えを改めました。(参照:「【まとめ】「的を得る」と「的を射る」の誕生と成長の歴史」)

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「的を得る」は、市民権を得るか? 1

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月発売の『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.28)


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先日「日経パソコン」を読んでいて思わずニヤリとしました。それは最近の日本語入力システムの比較記事で、そこには「Google日本語入力」のサジェスト機能が「まとを」の変換候補として誤った用法である「的を得る」を挙げてくるとありました。原因は「Google日本語入力」の辞書がWebデータに基づいた「統計的言語モデル」をベースにしているためだそうで、試しにグーグルで「的を射る」を検索すると該当は9万件であるのに対し、誤用である「的を得る」の方はなんと890万件ヒットしたというのです。

 

私も確認のため、幾通りかのキーワードでGoogle検索してみました。試した中で「”的を得た”」15万件「”的を射た”」11万件という結果の方が、「日経パソコン」の記事にあった890万対9万よりも実態に近いだろうと感じましたが、とまれ検索方法によって結果が大きく変わるもののWeb上の存在数についていえば「的を射」に対して「的を得」が優勢なのは事実のようです。

 

私はもともと「的を得る」が「的を射る」の誤用だというのには根拠が無いと考えています。そしてこの問題に議論があるのは知っていましたが、やがて時間が解決するだろうと考えてきました。実際に上記の通り数的には「的を得る」は優勢のようです。しかし今回検索を掛けてみて感じるところがあり、このブログを数年ぶりに更新してみることにしました。

 

「的を得る」の起源が「正鵠を得る」だという指摘がされて久しい今でも、「的を得る」は「的を射る」の誤用だと考える人の根拠は、枝葉を取り払って内容を整理してしまうと以下2点に尽きるようです。

 

. 「的を得る」が「正鵠を得る」から来ている説は推論に過ぎない。

. 「的を得る」は辞書に載っていない。

 

結論からいえば「的を得る」という表現が、「正鵠を得る」から来ているのはまず間違いありません。ネット上では「正鵠」の意味は「まとの中心」という前提で煩瑣な議論がされてきたようですが、実際には「正鵠」は「まとの中心」である以前に、単に「まと」という意味だからです。

 

「荀子」勤学第一の「質的張而弓矢至焉」の注には「的、正鵠也」(的とは、正鵠のことである)とあります。「正鵠」のこの語義は「新字源」のように漢語の意味を調べるのに適した辞書を引けば確認できます。その「新字源」には「正鵠」は「ゆみの的。また、的の中心。」とあります。実際に「礼記 射義」にある「正鵠を失わず」の「正鵠」は「的の中心」の意味で使用されていますが、「正鵠を得る」の出典とされている「中庸」の「正鵠を失う」の箇所では「正鵠」は単に「まと」の意味で使用されています。

 

つまり「正鵠を得る」と「的を得る」はもともと意味が同じ表現なのです。従って漢籍の素養がある人が「正鵠を得る」という大仰な表現を、より日本語としてこなれた「的を得る」という形で使用するのに何の障害もありません。

 

「日本国語大辞典」の「的を得る」に高橋和巳の小説が用例として引かれていますが、中国文学者である高橋が「的を射る」を誤用したり「当を得る」と混用したと考えるよりも、「正鵠を得る」と同じ意味で「的をえる」と表現したと考えるのが自然で、これを推論に過ぎないと退けるのには無理があるのです。

 

また「的を得る」が誤用だという情報に接して、これまで「的を得る」を使用してきた人が辞書を調べてみると、「的を射る」が載っていて「的を得る」は載っていません。これで、なるほど誤用なのかと納得してしまう人も多いようです。しかし少し考えればわかることですが、ある言葉が辞書に載っている事を以て、その言葉がお墨付きを得た正しい日本語だということは可能でも、逆に辞書に載っていない言葉だから間違った日本語だとはいえないのです。なぜなら辞書の収録語数は大変限られているからです。

 

日常使用される国語辞典の収録語数はせいぜい数万語程度、「広辞苑」でも24万語に過ぎません。「日本国語大辞典」は流石に50万語を数えますが、これですら日本語の語彙を網羅していません。「広辞苑」に載っていないものが間違いなら、「日本国語大辞典」に収録されている内の26万語は間違いということになってしまいます。因みに既出の情報にあるように「日本国語大辞典」には「的を得る」が採られています。24万語では選にもれても、50万語には入選しているのです。

 

さて一方の「的を射る」ですが、見てすぐにわかるようにこれは至極普通の日本語表現です。形の上で「鞠を蹴る」「字を習う」と何ら変わりません。当然「的を射る」の用例は古くからあり、文字通り「弓矢で的を射る」という意味で使用されています。これがいつ頃から「物事の核心をつく」という意味で使用されるようになったのかは分かりませんが、古くからある「的を射る」という言い回しが、意味を転じて慣用句として定着したものと考えて間違いはないと思います。

 

この「的を射る」から「的を得る」という形が生じるはずはなく、「的を射る」しか知らない人が「的を得る」を「的を射る」と「当を得る」の混用だと推測したくなる気持ちはわかります。しかし「的を得る」は「的を射る」とは起源が違うのですから、この推論自体が無意味かつ見当違いなのです。

 

漢籍を起源とする「的を得る」と、もともと日本語の表現から生じた「的を射る」。姿かたちがそっくりで、意味まで一緒。これが「的を得る」と「的を射る」を巡る混乱の原因だと私は思います。

 

以上みて「的を得る」という表現が、精選された24万語に選ばれるほど認知されていないものの、「的を射る」の誤用や「当を得る」との混用などではあり得ないのは明らかだと思われます。現状、公式な文書などで「的を得る」を使うべきでないのは論を待ちませんが、「的を得る」を「的を射る」の誤用だというのは誤りです。

 

(2010.4.24追記)本文中「古くからある「的を射る」という言い回しが、意味を転じて慣用句として定着したものと考えて間違いはないと思います。」とありますが、後日の調査で「的を射る」の登場時期は戦後の「国語改革」以降のようだと考えを改めました。(参照)「【調査】「的を射る」は、何時から「広辞苑」に載ったか?

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