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【調査】「的を射る」は、何時から「広辞苑」に載ったか?

「的を得る」が誤用であるという主張は、2013年12月発売の『三省堂国語辞典』が、これまで同辞典が掲載してきた「的を得る」誤用説を撤回したことで、ほぼ俗説と確定しています。

それについてはこちら
【逆転】「的を得る」:「誤用説は俗説」と事実上決着へをご参照ください。(2014.5.28)


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「日葡辞書」(1603-04)はポルトガル人の宣教師によって編纂された辞書で、400年前の日本の言葉と習俗を知ることができる第一級の文献です。32000語が収録され、原本はすべてポルトガル語ですが、邦訳されているのでポルトガル語が分からなくても内容を参照できます。

「邦訳日葡辞書」(1980)を引いてみると既に400年前に「的を射る」が辞書に採録されていることが分かります。

「日葡辞書」の「Mato」の項目は以下のようです。

Mato (的)射垜(ゐずち)に立てる標的

 Matouo iru (的を射る)的に向かって発射する.

 Matoni ateru (的に中る)的に命中する.

 Matouo ifazzusu (的を射外す)的を射損ずる.

私は、400年以上も前に既に辞書に載っていた「的を射る」は、日本語表現として古くからずっと高い認知をされ続け、ある時期に「物事の核心をつく」という意味を獲得し慣用表現として定着したのだろうと思っていました。

しかし調べてみると、日本で最初の近代的国語辞典といわれる「言海」(1889)、「広辞苑」の前身である「辞苑」(1935)、「広辞苑 初版」(1955)などは、どれも慣用表現を立項しておらず「的を射る」は載っていませんでした。「広辞苑第2版」(1969)は、慣用表現を立項するようになりますが、この「第2版」では「的が立つ」が採られただけで、「的を射る」は採録されていませんでした。続く「広辞苑第3版」(1983)でも「第2版」と状況は変わりません。

結局、意外にも「的を射る」が「広辞苑」に採録されたのは、「広辞苑第4版」(1991)になってからでした。「第4版」には「的を射る」の項の説明として「物事の肝心な点を確実にとらえる。「的を射た発言」」と載っています。これら「的を射る」の辞書への採録状況をまとめると、以下のようになります。

「日葡辞書」(1604) 「的を射る」採録 「的に向かって発射する」

「言海」(1889)  「的を射る」採録なし

「辞苑」(1935)  「的を射る」採録なし

「広辞苑 初版」(1955) 「的を射る」採録なし

「広辞苑 2版」(1969) 「的を射る」採録なし

「広辞苑 3版」(1983) 「的を射る」採録なし

「広辞苑 4版」(1991) 「的を射る」採録 「物事の肝心な点を確実にとらえる」

こうしてみると「日葡辞書」に採られてから「広辞苑第4版」で再登場するまで400年近いブランクがあることと、再登場したときには「意味」が変わっていることに注目せざるを得ません。

これを見る限り「的を射る」の登場時期も「的を得る」と同じで、「国語改革」を契機に「正鵠を射る」が変化する形で登場したようだという仮説は十分に成り立ちそうに思えます。つまり「的を射る」の起源は以下のようではないかということです。

×「的を射る(的に向かって発射する)」 → 「的を射る(物事の肝心な点を確実にとらえる)」

○「正鵠を射る(物事の肝心な点を確実にとらえる)」→「的を射る(物事の肝心な点を確実にとらえる)」

(参照:「辞書に載る「的を射る」を巡る謎坂口安吾に見られる「的を」と「正鵠を」の互換性」)

この場合、慣用表現としての「的を射る」の登場時期は1946年以降ということになります。もしそうだとしたら「正鵠を得る」を起源とする「的を得る」を「的を射る」の誤用だとする説の不合理は目を覆うばかりです。

(参照:「【まとめ】「的を得る」と「的を射る」の誕生と成長の歴史」)

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コメント

小学校の時 魚(うお)は、さかな(酒菜)と読まない
中学のとき 世論調査(せろんちょうさ) ×よろん
と習いました。

誤用も一般化される例だと思います。

投稿: けろよん | 2010年11月20日 (土) 21時07分

誤用が一般化されるのは仕方ありませんが、
誤用が正しいとされ、正しい言葉が誤用のそしりを受けるのは
間違ってますよね

投稿: へびごん | 2011年9月16日 (金) 18時47分

「的を得る」も「的を射る」も、どちらも正しく「正鵠を得る」から転じたもので誤用ではありません。

「的を得る」が誤用だと信じている方は大勢いらっしゃいますが、誤用説は必ずしも定説ではありません。誤用と信じている方が多いために有力視されているだけで、誤用説には明確な根拠がないからです。

明治期には「正鵠を得る」が広く使用され慣用表現として確立しており、更に当時の過半の辞書には「まと」は「正鵠」のことであると載っていました。この事実の前には、誤用説の根拠として「的は射るもの」というコロケーションを持ち出しても無意味です。

こうした知識のある人が「的を得る」と聞けば「正鵠を得る」の言い換えだとすぐに気付くはずで、これを「的を射る」の誤用だとか「当を得る」との混用だなどという発想自体、出てくる余地がありません。

つまりこうした基本的な知識が見落とされために「誤用説」が発生し、「正鵠を得る」という慣用表現を知らない人が多かったために「誤用説」が広まってしまったのというのが真相だと思います。

投稿: BIFF | 2011年9月16日 (金) 19時20分

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