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夫婦別姓の議論について

日本で夫婦別姓の問題が議論されるようになって久しくなります。

私自身は別姓にすることに抵抗は感じますが、同姓でなければならないとまでは思いません。しかし夫婦別姓の議論の中に、明らかに誤った認識に基づくと思われるものが含まれているのが気になったので、基本事項を整理するために記事を書いてみることにしました。

それは、他でもない「姓」(法律では氏(うじ))に対する認識です。

日本の法律上、人の呼称は「氏」と「名」の組み合わせによって成立する事になっていますが、「氏」は民法上の規定によって決まり、「名」は出生届によって決まります。この「氏」と「名」のうち、厳密に個人に帰属するのは「名」のみです。「氏」は「個人」ではなく、言わば「夫婦」の呼称だからです。

一番基本的なことですが、現在の日本の戸籍制度は「個人別登録制度」ではありません。昭和22年の民法改正で「家」制度が廃止されて以降は、婚姻による「夫婦」が戸籍の単位になっています。明治以降の家父長制度は当時の国家経営には都合が良かったものの、「個人」にとっては極めて弊害の多いものでした。その「家」が解体され、替わって登場した戸籍法上の単位は「個人」ではなく「夫婦」なのです。

現在日本では、人は生まれると父母(婚姻によらない場合は母)の戸籍に登録され、その「氏」を獲得します。そして成長し自分が婚姻した時点で父母の戸籍から出て、新たに自分たち夫婦の戸籍を持つことになりますが、この新しい戸籍の「氏」を決める際の選択肢が、婚姻前の夫または妻の「氏」となっているわけです。

法律上「氏」は単一の夫婦の呼称ですから、理屈の上では夫婦が「同氏(同姓)」であるのは当たり前なのです。

私は夫婦別姓という考え方が誤りであるとは思いません。ただ、この問題を論じるのなら、60年前に「家」を解体したように、「夫婦」という単位を解体して、戸籍を個人登録制に移行するべき時期に来ているかどうか、日本の現状に即して検討しなければならないと思います。

私は今のところ夫婦別姓の導入について、まだ国民の共通理解が出来ていない段階で、拙速に法改正を進めるべき状況ではないと考えています。60年も前に消滅した「家」という観念からも十分脱却できていないため、夫婦単位(核家族化)への適応も不十分というのが日本の現状で、このうえ更に戸籍を細分化し個人登録に移行しても、教育、老後の両親の扶養や相続など、家族をめぐる問題が混乱し、深刻化しこそすれ、それを上回るメリットがあるとは思えないからです。

ただ婚姻による新戸籍の「氏」の選択肢が夫または妻の「氏」の二者択一という現状は、考え直すメリットがありそうに思います。例えば、父母の旧姓を含め選択肢を4つにするだけでも、結婚による改姓の負担が必然的に夫婦の一方のみにかかる現状を改善し、「氏」が夫婦の呼称であるという認識を高める効果が期待できるのではないでしょうか。

※論旨を明確にするため、一部冗長な部分を削除、言い回しの訂正を行いました。(2010.12.24)

※用語が便宜的なものであることを明示するために、本文中「「夫婦」の呼称」の前に「言わば」を追加しました。(2010.12.28)

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